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カテゴリ:本( 9 )

池田晶子の言葉

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「池田晶子の言葉」稲瀬吉雄著、コスモスライブラリー

私のバイブル、池田晶子の哲学エッセイの数々。
2007年に彼女が亡くなって、
もう新しい言葉に出会えないのが悲しい。

哲学エッセイとしての彼女の文章に、
私の「考える」が、
池田晶子の「考える」とピタリとなって、
彼女の言葉が大好きなんです。


そして最近目にしたのがこの本。

池田晶子の20年に及んだ文筆生活、
その中から、100の言葉を選び、
その解説という形で紹介されている。


プロローグに
「考えるとはどいうことか」を巡る探究プロセス、
として書かれているのが、
面白く、分かりやすく、
池田晶子の考えるプロセスをまとめてあります。
少し長くなりますが、そのまま引用します。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「考えるとはどういうことか」について


・正しい問いをたてることの大切さへの注意の喚起
     ↓
・日常、考える中心にあるのは、
 人生についてであると言明
     ↓
・生まれてきて死ぬという当たり前なことへの
 不思議な思い
     ↓
・大切なことは、
 哲学者や本の助けを借りることなく、
 手ぶらで零から不思議について考えること
     ↓
・知りたいという欲求あるところ
 考えるという動きは生まれる
     ↓
・人々からの「考える方法やいかに」へは、
 考えるとは呼吸するのと同じ自然な行為と応じる
     ↓
・何を考えてるかと言うと、自分であるということ、
 宇宙が在るという絶対的不思議なこと、
 すべて日常のこの人生から端を発しているから
 結局人生について考えるということになる
     ↓
・いわゆる人生論ではない、正しく考えていくために
 正しく問うことが大切であることを強調
     ↓
・人生論がいかに生きるかを主題にするのに対して、
 私が考えるのは
 生きているとはどういうことか。
 つまり、問いのひっくり返しが重要
     ↓
・問いの逆転は、人をして「存在の謎」
 探究に向かわせる力をもつ
     ↓
・自分という存在の不思議さへの気づきを起点に、
 自分が在るところの世界、宇宙とは何か、
 この宇宙に天体としての地球以前に、
 在ることそのもの、存在の謎を考えるようになる
     ↓
・人々からの、ではどういう本質的なことを
 考えるのか、の問いに、一言「驚け!」という
     ↓
・では、どう驚けばよいのかの執拗な問いへは、
 どうしても知りたいときには
 人は自ずと考え始めると、
 待つことの大切さをいう
     ↓
・次に、考えることと思い悩むこととの
 混同をしてはならないと、注意を喚起する
     ↓
・ここでも、正しい問いを発することの
 大切さを示唆。
 自分とは何だろうと悩むのではなくて、
 何が自分なのか、と考えてゆく
     ↓
・更なる問いへの応答。
 考えて何になるか、人々の利益志向への応答
     ↓
・何も得はありません、と言い切る。
 しかし、このように考えてゆくことは、
 日常にある種の確かな芯を得ることに
 なるのではないか
     ↓
・つまり、日常の不思議さを自覚しながら
 生きることは、
 納得と確信を手にすること。
 生きる姿勢が全く変わる。
 無用の用としての考えることの価値
     ↓
・池田は、現代の時代状況を見据え、
 「魂」でもって人間をみてゆく必要性を示唆。
 魂は、人生の不思議に思いを致すとき、
 謙虚さが自然と生まれ出る。
 そこから自ずから倫理性というものが問われてくる
     ↓
・善悪の感覚、畏怖の感情は、
 この世の絶対不可解さに立ち止まることから
 育まれる
     ↓
・考えることを起点に、
 人は身近なところから
 宇宙大に自分を見れるようになり、
 「存在の謎」に向き合う中に
 人生の意味を見出していけるのではないか
     ↓
・「存在の謎」を自覚すること、
 すなわち自由であるということ。
 大変な時代到来の今日、じっくり考える、
 考えて、考えて、自覚すること、
 自分が自分であることの謎を自覚することに、
 この時代を生きる意味は尽きている

。。。。。。。。。。。。。。。


いくら哲学エッセイと言えども
やはり難しいところもあったりで、
この本のおかげで、
池田晶子を改めて深く味わった。
久しぶりに池田晶子との対話~。

エピローグは著者、稲瀬吉雄を知ることとなって、
感動し、新しい刺激も受けた。

池田晶子の新しい言葉を
目にすることはなくても、
この稲瀬吉雄のエピローグの文章で、
又、私の一面「考える世界」を
自分に戻せた。
先へ~。




 






by rarakirara-you | 2016-08-03 07:03 | | Comments(0)

夢と使命感

前回の「英雄の書」からの感想の続きになります。


黒川伊保子曰く、
「夢」は、「自分思い」の者の口から出やすい
言葉なのである。
他人の思惑を気にして生きてきた若者が、
ようやく自分のやりたいことに気付いた時に、
それが「夢」という言葉になって結実する。

使命感は、他者を思うことからしか生まれない。
使命感は、人をどこまでも強くする。そして、
使命感のある人の口から出る言葉は、
どこまでも優しいのである。



この言葉の前後に、色んな事例と共に
分かりやすく書かれています。
なので、こんな抜き書きで本書の言いたい事と
私の想いと繋げるのは申し訳ないが、

私自身が歳を重ねることで、「夢」という言葉に
少しずつ違和感を感じてきていたところだったので、
「夢と使命感の違いは何だろう」と考えた。

「自分思い」と「他者思い」の違いだという。


「夢」から始まっていい、「使命感」に
変化していくものだろうから。
私の考えはそんな感じだろうか…。

それでも、私の認識には、
やはり夢も使命感もなくやって来た気がする。
夢ありき、ではなく、
「この体を持った、この自分を
生きるしかないのだから」と。

時として、パカッと何かしらの埋められないもの、
それを感じたそんな瞬間を埋めるのは、
この使命感を持つという認識だったかもと思った。

夢と言う言葉への違和感は、
単に私が歳を重ねたということだけではないと、
他者思いへ移行しているからこそと、
この歳の私さえも、
彼女に送りだされている気にさせてもらった。






by rarakirara-you | 2015-11-25 19:19 | | Comments(2)


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「英雄の書」 黒川伊保子著 ポプラ社

誰が英雄なのだ?と興味津々で手に取る。

脳科学の黒川伊保子は、
以前「夫婦脳」で多いに納得させてもらって、
脳科学的に裏付けされての話しと言い切る、
そんな彼女が私は好きです。

今回もちょこちょこ入る彼女自身の子育ての話し、
どうしても、その話しが「同じだあ~」
なんて思わせてもらって、好きなのです。

この本は、これから社会に船出しようとする若者に
向けての応援の書です。


  この世に、あなたの脳はたった一つ。
  あなたの人生のものがたりも、たった一つだ。
  あなた自身が、ヒーローになって。
  ……狼の口の中へ。

  第1章 失敗の章
  第2章 孤高の書
  第3章 自尊心の章
  第4章 使命感の章
  第5章 はなむけの章


第4章使命感の章は、子育ての話しも加わって、
若者向けばかりではなく、
社会に出ていく子どもを育てる「母」に
向けられた言葉でもある。



そして、最後の「おわりに~」の文章が、
子育てを終わった者という私と同じ目線の、
その温かいまなざしに、
「ああ~、私もそのまなざしを持っている」と、
私の「母」としての感覚が、
同じ想いで文章になっていると。




  英雄を冒険に駆り立てるのは、好奇心しかない。
  どんな英雄も、好奇心に駆られて冒険の旅に出、
  使命感によって完遂するのである。

  私にとっては、子育てもまさに、
  この公式に当てはまった。
  私は、好奇心に駆られて「子育て」の旅に出、
  使命感によって完遂した。
  産んでみたら、赤ん坊の魂の輝きに圧倒された。

  人の意思は持って生まれてくるもので、
  親には作れない、ましてや人工では作れないと
  思い知った。
 
     ~  中略  ~

  その子育てを、息子がどう評価するのか
  知らないが、とやかく言われても気にしない。
  もうすぐ、社会に出る彼に、
  「母の存在が君の脳にブレーキをかけていると
  感じたら、潔く母を捨てなさい」と言うつもり。
  そのまま帰らなかったら、案外それも
  子育ての成功なのかもしれない。
  私はこの言葉を、彼を産んだ時と同じように
  命がけで言うつもりだし、
  彼もそう受け取るだろう。



本の最後に、息子さんに宛てて書かれた「詩」で、
この本を手にした若者達みんなへ、
「社会に出るきみへ」
と、エールが贈られている。 








by rarakirara-you | 2015-11-16 10:41 | | Comments(2)

共感欲求

「夫婦脳」の続きです。

女性脳の特性が、共感欲求の高さだとある。
感じたことを、即、言葉にする力がある女性脳の
基本のようです。

共感欲求が満たされることが大切なのです。
結果にとらわれず、まずは共感!で、
本当はスムーズに、関係は作られたはずなのにと、
私も思います。



以前、今のマンションに越して来た時、
上の階の音騒動で、帯状疱疹になったことを書きましたが、
その時の、夫の対応にスッキリしない思いは、
何なんだろうと、考えたことがあります。

共感してくれない!への切なさ、悲しさ、虚しさでした。

それが、ナント、我が夫の個性でも何でもなく、
まるまる、共感力が難しい「男性脳」そのものだったのかと。

 「共感力があるからこそ、あなたが弱った時に、
  心から同情してくれる。
  その代わり、強いあなたには、時には振り返ってもらいたい。
  男たちよ、どうか、優しく振り向いて。」
  と、両性に優しい。

女性同士の他愛無いおしゃべりも、キーワードは、
「共感」で、無駄なものでは全くないとあります。



子育ても「聞く」の目的が、この共感です。
「聞く」は、相手の言いなりになることでは決してなくて、
「痛かった~」「うんうん、痛かったねぇ~」の共感で、
意外とあっさりと終わることも多いです。



共感してもらって満たされるを、
誰よりも知っているのが「女性脳」の母親だから。
子育てを難しく考えなくて大丈夫ですよ(^.^)と、
またまた、子育てママを応援したい!となります。














by rarakirara-you | 2014-06-25 17:47 | | Comments(0)

夫婦脳、家族脳?

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「夫婦脳」
脳科学、感性アナリスト、黒川伊保子著(新潮文庫)

どこからどう紹介しようかと迷います。
「あるある、そうそう」と、一気に共感しながら読んでしまった。

私は自力で、時間もかかって、
男と女、生物学的に違うのだから、
「夫には分からないんだ~があるのも、分かった」に
辿り着いた。

ナント、それが男性脳、女性脳の違いなのだと、
あっさり言われてしまって、
私のこれまでの悪戦苦闘の末に手に入れたものは、
何だったのかと、なりそうなところを…、

グイッと持ち上げて!
自力の悪戦苦闘があって、この本の彼女の言葉が、
こうもスンナリ分かるんだなあ~と。

(その人のその時、でなければ、どの本も
きっと、素通りということだろう。)


「あるある、そうそう」というのは、何も私だけが
感じていたことばかりではない、ということ。

多くの女性が、夫婦間での「分かりあえないもの」
を、一様に抱えてるということだった。
(男性も同じように…)



  女性脳は、男性脳に比べ、右脳(感じる領域)と、
  左脳(考える領域、言語機能局在側)の連携が、
  はるかにいい。
  そのため感じたことが即ことばになる脳なのである。


  察しの天才である女性脳は、段取りの天才である。
  脳梁(左右の大脳皮質の間で情報をやり取りする経路)
  の細い男達(女性の方が男性より20%も多い)に、
  同様の察する力を身につけろといっても、
  かなり難しい。
  生活という多様なシーンの中で、女性脳並みに
  察する能力を身につけるというのは、不可能に近い。



不可能に近い!
「言ってもらわないと分からない」が、
男性脳の正直な姿なのだと、よく分かった。

巻末の解説で、柴門ふみが書くように、
黒川伊保子の目は、男性にも女性にも優しい。
両性がうまくいくように、そのための解説と
アドバイスの本です。


ヒトの脳には、感性の7年周期があるという。
こんなアプローチで夫婦を考える。


すべて腑に落ちて、とても面白かった。





  


by rarakirara-you | 2014-06-20 09:59 | | Comments(8)
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哲学エッセイの池田晶子が、2007年に亡くなって、
彼女のオリジナルが読めなくなった。

どの本も書いてあるのは同じこと、と
分かっていても、
読みたい、その言葉に触れたい…、

やはり、切ない。。。


彼女の名前を、久しぶりに目にした。

彼女への理解が優しくて、
著作からの引用もたくさんだが、
少しややこしいと、私は感じた。

「哲学」ではなく「哲学エッセイ」の「池田晶子」。
この私を生きるしかない。

身の丈でいい。
私が何を感じ、
日常に生きる、に繋げられなければ…。




やはり、私のバイブルを大事にしよう。


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by rarakirara-you | 2014-05-12 10:10 | | Comments(2)

臨床とことば

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ある出来事に自分なりの
意味づけが出来たところに、
タイムリーな本を手にしました。

「臨床とことば」河合隼雄×鷲田清一・著

鷲田清一の本は、難しくてややこしい。
最後まで辿り着きません(^_^;)
ああ~そうそう、という所だけ拾います。

ただこの「臨床とことば」は、河合隼雄との対談で、
お互いがお互いの解説をする感じで、
読みやすく、さすが、河合隼雄と思ってしまう。

前半の河合隼雄の文章で印象的なのが、
「さまざまな距離」の中の、
 
 距離と言えば、対人距離のみではなく、
 一人の個人内における、心と体、
 思考と感情などの関係とその距離感
 などということも考えてみるべきだろう。

後半の鷲田清一の文章では、「語り」について、
の中の件(くだり)
 
 他者の理解においては、同じ想いになること
 ではなく、- 略 -
 その分かろうとする姿勢にこそ他者は時に
 応えるということである。
 ことばを受けとってくれたという感触の方が、
 主張を受け入れてくれたということよりも
 意味が大きい。

もう一つ
 
「ことばが注意をもって聞き取られることが
 必要なのではない。注意をもって聴く耳があって、
 はじめてことばが生まれるのである」


自分の感じ方、考え方にokをもらった。
「聞く」で、相対する時、
言葉をツカマエルではなく、
安心する存在として、そこにいよう…。





by rarakirara-you | 2014-04-14 10:27 | | Comments(0)

本棚

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「パソコン家庭教師」に通って、地域ブログを薦められています。
「発信」を考えると、好きだ!だけにこだわるのも考えさせられる、のだが。

でも、「書く」は好きだあ~、があります。
なぜ、エキサイトブログにこだわったかというと、
メールマガジンの頃の田口ランディに出会い、彼女の文章に出会ったから。
私の考えてることが、そのまま文章になってた。
同じこと考えてる人がいた、救われた。

池田晶子の哲学エッセイも、同じだ。
悩むと、考える、の違いを言葉で教えてもらった。
私は私でよかった。

そんなこんなで「書く」にこだわると、エキサイトブログになった。

よく言われる、長い文章なんか誰も読まないよ、と。
とにかくコンパクトにはと、心がけてはいる。

でも、私は、長い文章(笑)の田口ランディのブログに、出会った。

目的と、こだわりと。
どちらかを選ぶではなく、私らしい解決策というより、
私らしい考え方に行き着きたい。





by rarakirara-you | 2014-02-05 11:25 | | Comments(0)
『お母さんのための「男の子」の育て方』(高濱正伸 著、実務教育出版)

ん?…、子育てで「男の子、女の子」という分け方をするの?分けるの?
分けねばならないの? 
私の今までの「子育て」にそんな分け方の発想が、全くなかったので、
正直、今更ながら驚いた。

『そもそも男の子は、お母さんとはまったく違う生き物なのです』とある。

私は、異性の兄弟に対して、それはすべて個性だと思ってきた。
ただ、夫との生活の中で、「生物的に違うんだから」とした捉え方で、
やっと納得できる様々な出来事があって、時間がかかったが、
「男と女、全く違う生き物としての発想の違い」の認識は、持つようになっていた。

が、それが、わが子が二人とも男、だが、「男の子」として見る子育て法の意識には
全く繋がらなかった。私は、子どもの年令がポイントだというのは踏まえて、
「子育て」という大きな括りでしか、見てこなかった。


小学校低学年向けの学習塾「花まる学習会」を経営する著者。
学習面から入った教育法で、幼児、小学校低学年のお母さんに向けて書かれている。

『幼少期には、ポジティブな言葉をまわりの大人が言い続けること。
子どもは周囲を見て育ちます。
人への敬意も、親の態度から学びます』

『十歳以降は、自分の手を離れるように、自立するように育てなければいけません。
将来、世間の荒波にわが子が対峙していけるよう、覚悟を決めて、手を放すのです』

『ひとりでメシが食えて、頼りになる男に育てる』

『まわりから好かれて、お母さんも大事にする男に育てる』

など、他の子育て論と、基本変わりはないが、男目線の「男の見方」で、
言い切られた感がする。


 
この本で一番面白かったのが、幼児期の子どもの見方だ。
幼稚園年中になった孫、その成長を身近で見ている日々で感じていたこと。
「ああ~、この子には今、今しかないんだ!今がすべてなんだ」と、思っていたところに、
この本。

『そもそも、自分の行動を振り返るや反省の概念は、幼児にはありません。
今、今、今を生きていて、次々と新しくて面白いことをやりたいのが幼児です』  
全くの同意見。

男の子の特徴で「好きなことしかやらない」とある。『片づけを「ゲーム」にしてしまう』
というので、
『子どもがワクワクするような声かけを極めましょう』と、ある。
極めて、『芸風で 育ち差がつく 男の子』…、笑えた。
お母さんに声かけの工夫という芸の極めが必要だということだろう。

そんな立ち位置で男の子を見る、子育て中見えなかったものが、しっかり見える。
「親業」のコミュニケーション力とで心を通わせ実行する。
きっと、統合できた考え方で臨むのが、幅の広い見方といえるのだろう。




子育てを一段落しながらも、「親業」に関わることで、色んな勉強をしたくてやってきた。
また反対に、インストラクターを辞めようかと思う時もあったりと、やはり色んなことがあった。

でも、今、人との出会いや繋がり、目の前には5才の孫に、孫のママ。
すべてが、やっと今、繋がった感覚。
表現が難しいが、積み重ねる気はなくても、色んなものとの出合いは、
それぞれに形を変えながら進化し、価値観が膨らみ、又積み重なる。
「あっ、繋がった、繋がってる」を確かに感じる。




by rarakirara-you | 2013-11-23 15:56 | | Comments(0)

「親コミュ~福岡~」の富田です。福岡博多から子育てママへエールを送る、応援ブログです。「おばあちゃん」と呼ばれることに、ささやかな抵抗で「あーちゃん」です。


by らららあーちゃん