ららら♪あーちゃん

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カテゴリ:コミュニケーション( 9 )

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親と子のコミュニケーションでは
アイメッセージ、
相手を批判せずに、自分の感情を伝える
自分(わたし)を主語としたアイメッセージ。
大切な基本の一つですが、

はてさて~、大人間では…。



60歳を越えたオジさんオバさんが
ひとつのテーマで集う、
安心安全が約束された場所。

ある方が
私を引き合いに出されて、
私と比べる~を、口にされた、
その不快感~、
その前に語った私の想い、
その事への否定に感じてしまって、
比べないで下さい~、そして、傷つきました
と、返してしまった。

比べることはあって良いもの
人を通して自分を知るのだから、
でもそれは、心のうちの自分の中の作業、
口にすると、相手を巻き込む~。

メッセージを伝えられた時の反応は、
そんなつもりはなかったから~、で
ハッとされることが多いのだが、
今回、その方、ムッとされた。

その表情に、メッセージの出し方、まずかったか…
私の傷つく~は、相手の方より、
受けた私の問題だとは分かっているので、
どうもまずかったなあ、と反省~。


反省やら憤り(いきどおり)やら、
瞬時に反応してしまって、ちょっと混乱だったが、
なぜそこまで私は引っ掛かってしまったのか、
どうもそこがポイントのようだ、
考えはそうやって進んだ。

そして、色々見えたもの、
ハッではなく、ムッとされたその人にも、
その人の背景、
その人の理由があって、その表情。

私の、アイメッセージもどきの返しは、
何も伝わらなかった。


それでもすべてが、
相手に反応して、自分を知る!でした。
全部自分に返す。
相手の方への想いは何も残ってはいない。
思ってもいない自分の姿を見つけ、
自分を見ることにつながった。
それで良しとなりました。







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by rarakirara-you | 2017-12-15 09:06 | コミュニケーション | Comments(0)
安心して話せる場所として
「親コミュ講座」のその後のフォローで
2ヶ月に1度ぐらいのペースで集っています。

今回はロールプレイのご希望があり
「親コミュ」の勉強も
この実践に繋がる「会話」を
作ったり、検証したりが大きな特長です。

頭では分かっている!を
さあ~、文章にして言葉にして
相手に言ってみる、
自分に言われて聞いてみる。

この体験は本当に大きいものです。
話し手の想いと聞き手の感覚、
「そのまま伝わる」
「気持ちが伝わる」
「本当の気持ちが読み取れたか」
どんなに難しいか、体験です!

自分が発した言葉を見直す、その発想が、
親子のコミュニケーションを考えるスタートで、
スムーズにすすめるコツです。



今回の事例に使ったひとつ、
「はじめての子どもが幼稚園に行き始めた
ママからのの相談」という設定

ママの苦しさや切なさ、不安、焦り、
それを辛辣に吐き出すそんなママに、
かけてあげる言葉は?

色々出ました。
「辛いですね」「しんどいですね」
「本当に頑張ってきたんですね」

どんな言葉で受け止めてもらえると
ママの心はホッと溶けるのでしょう…。

「聞く」がもたらす共感、
そして、その効果。
はてさて、本当に「聞く」とは?



自分の発する、
「聞く」「伝える」
そんな検証です。

実践で使えるコミュニケーション講座
「親コミュ」です。







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by rarakirara-you | 2016-12-04 17:12 | コミュニケーション | Comments(0)
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癒しのハンドケア
~英国赤十字社発~
触れることで癒し癒される「手当て」の力。
コミュニケーション法としても医療、介護の
現場で効果をあげているケア。

マッサージではなく、手、背中から肩、足、
などをやさしく撫であげる感じでしょうか、
血流変化の科学的検証もなされているようです。
かなり奥が深い勉強になりそうです。


脳の断捨離アクセスバーズ®の体験を
重ねてる今ですが、
いまだに体感としての「分かる」は
乏しいのですが~、
自分のエネルギーを確信出来るものとして、
それを教えてもらいました。

「私は普通にエネルギーを持っている」
その発見は本当に大きかった。


目に見えないエネルギーは
そこにあるものとして
アクセスバーズ®を幸せに感じ受け入れ、
目に見える形として取り扱えるのが
このセラピューティック・ケア。
そんなことを思って、
自分の中のエネルギーを持って、
ケアの方法として人と関われるなんて、
本当に素敵なことと、勉強を始めました。


「手の温もり」
これもまた一対一でのケア、
そこで最初に相手が受け取れる「大切にされた感」

「親コミュ」講座として、
聞く、伝えるでのコミュニケーションを
「言葉」にする、で伝えてきましたが、
このセラピューティック・ケアの中でも出てきた、
「人間の尊厳を大切に」そのための
傾聴、共感、受容、
共通の理念でした。

言葉にしなくても届けられる
「あなたを大切に想う」




セラピューティック・ケアの勉強を始めて、
私、こんなとこに出てきたのかと、
アクセスバーズ®をやったからこその流れ、
そう嬉しくなります。








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by rarakirara-you | 2016-10-27 10:36 | コミュニケーション | Comments(0)

「大丈夫だよ」の声かけ

「大丈夫だよ」の声かけに、
『大丈夫の100%の保証もないのに…』と、
不安でいっぱいの人に返された。

いけないいけない、軸足が自分になってた。
彼女の不安を受け止めている自分を
伝える自分軸。

そこのスポットは相手に当てているつもりが、
「分かっている自分」を伝えてしまう。
そんなときに働いてるのが、
共感、の思いだけのつもり。
共感としては間違ってはいないが、
不安でいっぱいの人に、
自分軸での向き合いは意味がない。



先日フォローの会でも、この話になった。
Nさん、
「私は大丈夫じゃないのに~」
と、相手の心は叫んでいたのに、
少しでも安心してほしくて言っちゃいますよね…。

「私は大丈夫じゃないのに~」に、
「大丈夫だよ」の、この言葉は、
その人が持つ、今、その瞬間のその人の事実、
そう感じることそのものへの否定と
相手は感じてしまう。

そう感じてはいけない、
そう言われたのと同じことと。

何を感じるかはその人のもの。
そこを飛ばしての声かけは
「大丈夫」の想いに意味がなくなる。


不安でいっぱいなのを知っている、
それでも伝えたくなる、
「大丈夫だよ」
黙って優しく包む、
そんな気持ちでそこに居ればいい。

不安も心配もどうぞ吐き出して~、
あなたの不安の解決の保証はできないけど、
「私がいるから大丈夫」
「あなたの側に私はいるから大丈夫」
胸の内の想いは、
静かにそんな想いなのだが…。








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by rarakirara-you | 2016-10-16 16:17 | コミュニケーション | Comments(0)
出かけて行くのを迷う時、
ワクワクがあれば楽に選択できるのに…、
なかなかテンション上がらないな~、
(それなりの理由はあったのですが)
さあ~どうする?
てな感じで出かけたある勉強会。

勉強会への興味は勿論あって、それに加え
講師のTさんと少しでも話せたら~がありました。

月一回のボランティア向けです。
月一回なので迷ってる暇はない。

でもワクワクがない!

出かけて行きさえすれば
良いも悪いも発見!でヨシ!
何を感じるかが大事!としてますが、
でも、ワクワクがないと、
思ってるよりマイナスに引っ張られるのも知ってるので、
なるだけこういう場合は、
自分のワクワクにこだわってはいけない、
で、出かけます。


予定の会場に20分ほど早めに着いたので、
Tさんと話すタイミングに恵まれた?
なんて、勝手な意味付けに喜んでる自分にホッとして、
私より先に来られてる方と話しながら、
「それにしても、誰も来ないですね~」
そう、もう始まる時間なのに誰も来ない!

やっとあたふたと確認して、
会場が私達が聞いていた3階から6階に
変更になっていたのを知る。
結果、遅れて入室…。
始まっている中に入るのは、
話している人の腰を折るにことになるので、
避けたいと常に思っているので、
これも、アチャ~(+_+)です。

本当に、しまった!です。
まさかの会場変更など考えてもいなかった、
前日に参加しますのメールのやり取りをしてても、
会場の確認はしなかった。
1階のスケジュールの掲示板も確認しなかった。

反省するところもいっぱいです。と、
冷静になると考えられる自分に、やっとです。
思い込みは、怖いなあ~の感じでしょうか。
この反省は絶対次に活かせねば!です。


20人ほどの参加者、
遅れることになった理由を告げると、
Tさんのお連れの方が、
「すいません~、部屋の空き次第で、
時々変更してもらうんです。
こんな感じでゆる~くやってます」

ん?
遅れた理由を告げた私達と、
なんだか~のチグハグ感を感じてしまった。
やきもきしたあの30分の想いを
スルーされた感。

今、その瞬間、このコミュニケーションは
成立してるのだろうか?
なんだこの違和感…。

私は長年「コミュニケーションとは」で
やってきているので、
その人のコミュニケーション力を観る、
のところに反応がいってしまいます。
講師側の方には、それこそが大切なものと、
その認識があってほしいと思っているので。


言葉だけが行き交うのではない、
言葉の奥の想い。
相手への思いやりとはその姿勢かと、
そんな気持ちで向き合います。
「誠実な関心を持って、向き合います」


と、まあ~、考えながら、
久しぶりに自分のモットーを
思い出させてもらう機会だったと、
気持ちを切り替えたが、
もう、Tさんと話せたら~の想いは、
すっかりなえてしまいました。



で、今日の題名
「ワクワクなしで出かけても…」その続きは
「思ってもない、出会いや気付きがあって、
何があるか分からなくて面白い」です。


参加者の中のお一人との出会い、
その方はとても温かく、柔らかくて、
何よりも、関心を持って私に向き合って下さった、
そんな素敵な出会いがありました。

何が起こるか分からない。
思ってもいないことに出合い、
感じ、考える。

良いも悪いも何か発見があれば
それでヨシ!
出かけたことそのもので
それでヨシ!

そんな結論を持って帰れることに、
本当にホッ!でした。







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by rarakirara-you | 2016-03-30 10:54 | コミュニケーション | Comments(0)
ここのところちょっと連絡が途絶えていた
友人からの電話。

彼女から、年賀状を見て改めて
「本気で向き合っていなかったのに気付いたので」
と、最初にメールをもらって、
返信したら、すぐの電話!

距離感を感じていたのは私の方だけでなく、
彼女も同じように感じていた、を知る。

私は自分のスタンス、変えたつもりはなく
彼女が作る距離感に気付いた時、
彼女の意図によるものなら、
理由があっての行動だろう、
私は引かねば~、
彼女の理由は彼女の中だろうから、
その距離感を受け入れよう、
そんな想いで、見守るに徹した。

彼女は彼女で「ちゃんとこちらを見なさいと、
言われたかった…のかもしれない~」と。

そんなチグハグな行き違いが起こっていたようだ。

そんな話になると、どちらが先に~の
不毛な話しになるね、で、
「お互いに相手を大切に思うが故だった~」
に達した。

私も彼女を大切に思い、
又彼女も私を大切に思ってくれていた。


その日のその電話一本で、
何が行き違ったのか、もうすっかり
きれいに流れた気がした。

その電話をかけてくれた彼女は、
やはり、信頼していた彼女と何ら変わらなかった。

何が行き違ったのか、
細かい一つ一つの検証がいるだろうか?
そんなことを考えないといけないかとも思ったが、
私の中できれいに流れたのが、
彼女への信頼が自分の軸にあったのを
言えるからこその気がする。

行き違っている時間の中でも、
彼女への想いは変わっていない自分、
後悔しないでいられる自分、
そんなことを頼りにやってきて良かったと思った。




黒川伊保子の「英雄の書」の中で、
「私も、こうしてあげればよかった」
の想いが、
決して自分思いではなく、
自分都合でもない、
相手への感謝が底辺にある「他者思い」だと。


彼女とのその電話のやり取りが
お互いその「他者思い」に溢れていた。
黒川伊保子が言うのはこれね~みたいな、
後から、そんなことをしみじみ思った。




長いこれまでの人生の中で、
何人かの人との断絶に近い疎遠と言えるものは、
やはり、自分思いと自分軸の勘違いだったかもと、
彼女の電話一本で、振り返ることにもなった。

対する相手がみんな違うことで、
正解はないのかもしれない。
こちらに責任はあるのか?
などに囚われていることが、
もう「自分都合の自分思い」
でしかなかったのかもしれない。

だからこそ、学んで考えて、
「決して自分思いではない、
 他者を思いやれる自分軸」
持っていたいと思った。


その電話をかけることができた彼女、
ホントになんて素敵なんだろう~。










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by rarakirara-you | 2016-01-24 09:28 | コミュニケーション | Comments(0)

コミュニケーションとは

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私に向かってくる日の出




親業の中だけに長くいることで、
見えなくなるものも出てくるのでは…、
の想定があるから、
色々な形での見方を広げる姿勢を
持っていたいと、いつも考えています。



親業で伝える「わたしメッセージ」は、
本来、人間関係を作るための手立てです。

基本、スタートは人との関係作りです。
この基本の考え方を飛び越えて、
「自分の気持ちを伝える為だけのメッセージ」
と、捉えられてしまうことがあります。
勿論、段階もあります。
あなたメッセージとわたしメッセージの
違いをを知るとか、
自分の想いの整理とか。


そして、今ここへ来て、
「相手に合わせた、
相手が分かるような伝え方」を
考えるようになりました。

何のためのその言葉なのか、
その時の、その相手との関係作り、
のためなのです。



鷲田清一の「臨床とことば」に
「発した言葉の着地点」という言葉があります。
発した側はその着地点を気にかけていない~、
みたいな。

ある友人(引きこもりの就労支援の仕事をしている)
の言葉は「相手が主役」
と、言われました

矢野清美さんの魔法の心理学は
「相手の反応が自分のコミュニケーションの成果です」


そんな人達の言葉が繋がって、
「相手が分かるような
相手に合わせた伝え方」
を、私の言葉で伝えたいと、
今、強く考えます。








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by rarakirara-you | 2014-11-30 17:05 | コミュニケーション | Comments(2)
「聞く」の効果の事例です。

数年前になりますが、
「初孫が産まれて嬉しかった」を
友人A子、友人B子、其々に話した時の
反応の違いが、分かりやすいのを
思い出したので、
「聞くの力」として紹介します。


私にとって初孫誕生は
「私の命が繋がった」という
嬉しさを超えた、大きな肯定感を
貰った出来事でした。

私の息子が、我が子を優しく抱きかかえ、
愛しく見つめる姿に
そんな息子の子どもの誕生に、と
私が生きてきた答えを貰った気に
させてもらいました。
何とも言えない、とてつもなく
大きな肯定感でした。

大袈裟に聞こえるかもしれませんが
長男の時も、次男の時も
瞬間にそんな想いに包まれたのです。

それほど、私には大きな出来事だったのです。


長い付き合いの友人A子との会話は、
「私にはまだ孫がいないから、
その嬉しさは分からない」と、
言われてしまいました。
話しがそれ以上出来なくなりました。


別の機会に、友人B子との会話。
「私は孫はまだいないけど、
あなたが嬉しいのが良く分かるよ。
嬉しいが溢れてるよ~」と、
そう受け止められると、
嬉しいの中身まで詳しく話せました。
話しながら、嬉しい、幸せ、が、
2倍にも3倍にもなって、
その豊かさを、
又噛みしめることができました。

どちらも勿論「おめでとう」の後ですが。


A子の対応は、「出来事」への反応です。
彼女に悪意が無いのは分かっています。
が、やはり悲しかったなあ~。
B子の対応こそが、正に「私の感情」への
反応、応答です。


素敵な「聞く」は、聞くだけに留まらず
相手の想いを2倍にも3倍にもする、
大きな力を持つのです。

「問題なし」の領域での普通の会話です。
分かりやすい、この違い。

感情に応答するという「聞き方」、
コミュニケーションの基本です。










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by rarakirara-you | 2014-10-07 18:48 | コミュニケーション | Comments(4)
「子どもの話に耳を傾けましょう」と、よく言われますが、
「子どもの話を聞いたら最後、子どものいいなりになること」
と、間違った解釈をされてしまうこともあります。


「子どもの話を聞く」、子どもに限らず、相手の話を聞く、
というのは、相手のその時の「気持ちを聞く」ということです。
「共感」です。

その行動、その言葉、に理由があるのです。

とても簡単な例で言うと、子どもが走っていて転んだ。
「痛い」と泣きます。
大抵は「痛かったね」と返しますが、「痛い」を受け止める前に、
「だから走らないでと言ったじゃない」とか「それくらいで泣かないの」
とか、言うことはないですか?


「聞く」とは、その出来事、言葉への反応、応答ではなく、
感情への応答をするということです。
「泣く」に反応するのではなく、「痛い」に応答するのです。
「共感」があって、「だから走らないでと言ったじゃない」
が、注意と言う意味でなく、お母さんの言いたいメッセージ
として、届くのです。


「痛い」を「痛かったね」と受け止める。
子どもの「痛い」という感情の表現。そうやって子どもは
表現をしてもいいんだと、表現することを学んでいきます。


子どもの表現力、コミュニケーション力は、受け止める側の
姿勢で育っていきます。
親が、その力を育てる一番の担い手です。
だからの、認識!、
一度ちょっと立ち止まり、考えてみませんか?
そのきっかけになれば、で伝えたいになります。


大人は得てして、子どもが抱える問題を取り上げて、
親自身の問題としてしまうことが多いのです。
親の解決策をアドバイスと称して伝えてしまう。

『誰の問題か』で、対応法が違うのです。
「子どもが問題を抱える」で、親のできることは
子どもが、自分の力で問題解決できるように、
子どもを受け止め、向き合うことです。


共感して、心を受け止め、その感情に応答することです。
「あなたはそう思ったんだね、そう感じたんだね」と、
『投げられた赤いボールを、赤いボールとして受け取ったよ』
と、伝える。
感じたことへの肯定、
ただそれだけでいいのです。

「子どもが問題を抱える」その時、親が出来るのは、
「聞く」です。







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by rarakirara-you | 2014-07-10 10:23 | コミュニケーション | Comments(2)

「親コミュ~福岡~」の富田です。福岡博多から子育てママへエールを送る、応援ブログです。「おばあちゃん」と呼ばれることに、ささやかな抵抗で「あーちゃん」です。


by らららあーちゃん