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「わたしメッセージ②」

「親業」では、「聞くとは」「わたしメッセージとは」などを「親業訓練講座」
として、すべての人間関係に通じるコミニュケーションと、紹介していますが、
私は、少し違う考え方を持っています。

「分かりあえる親子のためのコミュニケーション」としての基本であって、
対幼児、対大人と、一様にはいかないものと、深く認識しています。


「わたしメッセージ」を、大人同士のコミュニケーションに使うには、
目的が「人との関係作り」、だというのを忘れてはいけないのです。

やってしまいがちな間違った使い方、例えば、
「言いたいことをやっと言えた」と、言うことだけが目的になり、
相手に問題を抱えさせたの認識、責任が、薄くなってしまうということが出てきます。

大人間では、目的は「より良い関係作り」です。
「自分も大切、あなたも大切」で作る、関係作りのための、ほんの一部分なのです。
親業が、すべてでは決してありません。
人間関係作りという大きな枠の中の、「コミュニケーション」という枠組みの中の、
ほんの一部分です。

コミュニケーションの基本として、「聞く」「わたしメッセージ」とは、として
基本を知る、知らないことを知る、そんな手助けになれば、
と思っての紹介をしています。
大人間で使うを考えるには、もっと掘り下げた話しになります。


対幼児も、一様にはいきません。
以前書いた、「お母さんのための『男の子の育て方』」の本で読んで、
そのままの、我が家の5才のコタくん。その姿に、
「わたしメッセージ」の幅がいるのを感じます。

先日、コタくんの「七五三」でした。スーツのお買いものも一緒にできて、
幸せな時間を頂きました。
お参りする当日に参加できないじぃじのために、スーツ姿を見せてあげたいと、
ママが言ってくれて、我が家でお披露目となりました。

コタくんが、スムーズに着替えてくれない時の顛末です。

とにかく、ジッとしててくれない、カッターシャツのボタンを留めるのも一苦労。
カッターシャツに蝶ネクタイ、上着にズボン、靴下に靴。
とにかく「早く遊びたい!」で、集中してくれません。
ママはしっかり、今着てほしい理由を告げています。
それでも、とうとう、「あ~もう、イライラする!じっとしなさい!」と、喝!

私はそれでいいと思いました。ママのそのやり方で、本当にそれでいいと思いました。
今、着なければいけない理由も、コタくんは分かっています。
それでも、気はソゾロ。
「相手の行動を変えてもらうわたしメッセージ」などと言ってる
レベルではないのを、痛感します。

まさに、あの本の通りだと、私は可笑しくなりました。
コタくんは、自分の意思がハッキリとしている子です。
言葉にする表現も、本当に上手な子です。
「紳士なコタくん」で通るほど、ステキな子です。
そのコタくんにしても、5才の幼児なのです。「今、早く遊びたい」が先の、
「今」しかないんだなあ、と笑ってしまいました。

(笑ってしまって、ママのミワちゃんに、不愉快な思いをさせたかなと、
ちょっと反省、反省するほどの大笑いは、「あ~、全くのあの本の通りだあ~」
という思いの笑いでした)


自分の幅が広がると、色々な方向から物が見えるということです。
幅が広がると、すべてのハードルが下がるというか、
とても生きやすくなります。
そんな実感を、私は持っています。

だからの、「知る」の手助けになればと、思っています。




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by rarakirara-you | 2013-11-29 11:17 | 親業 | Comments(0)
親が、子どもの行動で受け入れられない、変えてほしいと、
思う時に使う、伝え方のメッセージです。

時と場合によるというのが勿論ありますが、
(肯定、否定、のさまざまな場面)
とりあえず、分かりやすい例をあげて、
「わたしメッセージ」の基本をお伝えしたいと思います。


「グズグズしないで、早くしなさい」
と、普段何気なく使われている言葉かけです。

さて、これの主語は誰でしょう?
そして、この言い方で伝わることは何なのでしょう?

ズバリ、「あなた、早くしなさい」「あなたはグズグズしている」
と、相手への非難、批判となる「あなた」が主語のメッセージなのです。


相手の行動を変えてもらいたい時に、その行動を非難や評価をせずに、
お母さん自身が、どう思うかの気持ちを、「わたし」が主語で、
表現することを「わたしメッセージ」と言います。

「早くしてほしい」のは私です。主語を「わたし」にして伝えないと、
相手には届かず、違うメッセージを受け取らせてしまうことになります。

まずは、お母さん自身が、早く行動してほしい理由を見ます。
「私は何が気になって急がせているのだろう?」と。
遅刻させたくないがあったり、またその先の理由があったり、
があるかもしれませんが、とにかく「遅刻させたくないから急いでほしい」
を、自分に向き合って見つけます。

「わたし」が主語のメッセージに置き換えてみると、
「お母さんは、遅刻するのがとっても心配だから、急ごうね」
だったり「~だから、急いでくれると助かるなあ」と、なります。

子どもの行動が、お母さんにどう影響を与えて、お母さんがどう困ったり、
不安になっているかを、非難が入らない、お母さんの気持ちを率直に伝えると、
子どもはお母さんを助けたいと思って、
行動を変えてくれるようになっていきます。
子どもは、お母さんが大好きなのです。


「わたしメッセージ」は、親業に限らず、アサーションなどでも言われる
「自分も相手も大切にするコミュニケーション」なのです。

「わたしメッセージ」と、「あなた」が主語のメッセージとの違いを、
気にして考えてみる。
まずは、そんな第一歩になってもらえたらと、思います。




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by rarakirara-you | 2013-11-28 12:18 | 親業 | Comments(0)
最近立て続けに、私が出したメールに、「拒絶された感じがした」、
もう一人は「信頼してくれていないと感じた」と、言われることが起きた。
(両方ともに、何かが言いたいなど一切ない、報告のつもりのメールだった)

私が以前、かなり悩まされた、
「相手がどう感じたかの責任が、私にあるのか?」が、
またやって来た。

かなり昔、私の言葉に(一切、そのつもりのない言葉に)、
「嫌な思いにさせられた」と、手痛い目にあったことがあり、考えて、
考えて、やっとたどり着いた答えがある。
「相手がどう取るかは、相手のフィルターを通った以上、私には責任は取れない」と。

事、これに関しては、山ほど考えたから、書きだしたら長くなるので、
なるだけ簡単にまとめる。


人は、それぞれが持つ自分のフィルター(その人の背景、関係性など)を通して、
相手の言葉を受け取る。


悩ましいややこしい問題とは別の、ごく簡単な事例を一つ。
友人とのやり取りで、私が思ってもない発想でその言葉を受け取る人がいる!
を、気付かされた事例。


どこかの会場へ向かう交通手段の話しの時。
私は運転しないので、電車、バスを乗り継ぎ「歩き」の人間だ。
いつも段取りを決めて動くので、車ではないことの不自由さはない。
その友人はいつも車だ。彼女が「車にしようか電車で行き、歩きにしようか」
と言うのに、私は「いつも車なんだから、車でいいんじゃない」と、返した。
車の人間には、歩きは面倒に感じるのではないか、の思いしかなかった。
ただ、ただ、それだけだった。
で、返って来た言葉が「私に車で来させて、駅で拾ってもらおうと思って、
そう言うんでしょう」と。
目が点、状態になった。たったそんなひと言に、悪意も計算もないそのひと言に、
私の発想を超えた受け取り方をする人がいた!に、驚いた。

その取り方のフィルターで、その人そのものを見る思いがした。

この事例の時は、以前悩まされた問題に、答えを見つけた後だったので、
私は、自分の答えでやっぱりいいのだ!をもらった気がした。


相手がどう受け止め、どう感じるかは、相手に任せよう。
責任がどうとかいうのではなく、相手に任せる以上、
どう取られようと、結果にとらわれまい、と今は強い姿勢でいる。

ただ、そういう強い姿勢を持つための自分のやるべき所は、
しっかりやる、が大前提でいる。

私は、責任を取れるのは、自分の感情だけなのだから、
自分には正直でいたいと、強く思っている。

より正直に誠意を持って、言葉を使う、表現するを基本にしている。
メールや手紙は一方的になるから、何度も読み返したりと。
自分に正直でいようとすると、相手の言葉も自ずと、
やみくもなフィルターをかけずに受け取れる。

ある意味、そう受け取りたいがために、自分も正直にいたいと
思ってきたような気がする。
信頼関係があれば、悪意がないところから始まっているのだから。
今私は、そこを出発点にして、物事を見る自分でいる。


今回の立て続けの出来事は、それぞれが、自分はこういう感じ方をした、
と、私に伝えてくれた。
伝えてくれる信頼関係があった。私に伝えても大丈夫という、
安心感、と信頼を感じている。
そんな私との信頼感こそが、出来事そのものよりも
大切な、大切な宝だと思っている。

そう考える自分に、やっと今はなれている気がする。





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by rarakirara-you | 2013-11-25 11:52 | ひとり言 | Comments(0)
『お母さんのための「男の子」の育て方』(高濱正伸 著、実務教育出版)

ん?…、子育てで「男の子、女の子」という分け方をするの?分けるの?
分けねばならないの? 
私の今までの「子育て」にそんな分け方の発想が、全くなかったので、
正直、今更ながら驚いた。

『そもそも男の子は、お母さんとはまったく違う生き物なのです』とある。

私は、異性の兄弟に対して、それはすべて個性だと思ってきた。
ただ、夫との生活の中で、「生物的に違うんだから」とした捉え方で、
やっと納得できる様々な出来事があって、時間がかかったが、
「男と女、全く違う生き物としての発想の違い」の認識は、持つようになっていた。

が、それが、わが子が二人とも男、だが、「男の子」として見る子育て法の意識には
全く繋がらなかった。私は、子どもの年令がポイントだというのは踏まえて、
「子育て」という大きな括りでしか、見てこなかった。


小学校低学年向けの学習塾「花まる学習会」を経営する著者。
学習面から入った教育法で、幼児、小学校低学年のお母さんに向けて書かれている。

『幼少期には、ポジティブな言葉をまわりの大人が言い続けること。
子どもは周囲を見て育ちます。
人への敬意も、親の態度から学びます』

『十歳以降は、自分の手を離れるように、自立するように育てなければいけません。
将来、世間の荒波にわが子が対峙していけるよう、覚悟を決めて、手を放すのです』

『ひとりでメシが食えて、頼りになる男に育てる』

『まわりから好かれて、お母さんも大事にする男に育てる』

など、他の子育て論と、基本変わりはないが、男目線の「男の見方」で、
言い切られた感がする。


 
この本で一番面白かったのが、幼児期の子どもの見方だ。
幼稚園年中になった孫、その成長を身近で見ている日々で感じていたこと。
「ああ~、この子には今、今しかないんだ!今がすべてなんだ」と、思っていたところに、
この本。

『そもそも、自分の行動を振り返るや反省の概念は、幼児にはありません。
今、今、今を生きていて、次々と新しくて面白いことをやりたいのが幼児です』  
全くの同意見。

男の子の特徴で「好きなことしかやらない」とある。『片づけを「ゲーム」にしてしまう』
というので、
『子どもがワクワクするような声かけを極めましょう』と、ある。
極めて、『芸風で 育ち差がつく 男の子』…、笑えた。
お母さんに声かけの工夫という芸の極めが必要だということだろう。

そんな立ち位置で男の子を見る、子育て中見えなかったものが、しっかり見える。
「親業」のコミュニケーション力とで心を通わせ実行する。
きっと、統合できた考え方で臨むのが、幅の広い見方といえるのだろう。




子育てを一段落しながらも、「親業」に関わることで、色んな勉強をしたくてやってきた。
また反対に、インストラクターを辞めようかと思う時もあったりと、やはり色んなことがあった。

でも、今、人との出会いや繋がり、目の前には5才の孫に、孫のママ。
すべてが、やっと今、繋がった感覚。
表現が難しいが、積み重ねる気はなくても、色んなものとの出合いは、
それぞれに形を変えながら進化し、価値観が膨らみ、又積み重なる。
「あっ、繋がった、繋がってる」を確かに感じる。




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by rarakirara-you | 2013-11-23 15:56 | | Comments(0)

握りしめないで…

過去の失敗と感じるものや、ああしとけばよかったの後悔
などを、グッと握りしめ、生きづらく苦しむ人と、
色々出会ってきた。

まさに、過去の後悔を握りしめたら、生きづらいのだ。

握りしめる前に、どうにかならないだろうかと考える。
だからの、子育て応援になった。

迷いや失敗、誰にもあることと伝えることで、
握りしめなくていいんだを、伝えたい。

子育ては子どもの未来に関わること、自分も未来を向く。
右往左往しながらも、みんなその時、その瞬間、
一生懸命だった。反省はあっても悔いることは何もない。

「その時は、それが一生懸命だったで良し!」と、なるような
応援がしたい。
ささやかな私の応援ででも、握りしめない自分作りの
お役に立てるものならばと。
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by rarakirara-you | 2013-11-22 10:46 | ひとり言 | Comments(0)

「聞く③」

受講されたお母さんが、やってしまいがちな間違いに、
「聞く」の姿勢を、すべての場面にあてはめてしまう、
があります。

「誰の問題か」で、「子どもが問題を抱える時」
「親が問題を抱える時」そして「問題なしの領域」
と分けます。

「楽しく学校での話しが始まる」、まったくの「問題なし」
の会話です。多いに会話を楽しんでいいのです。
一緒に笑ったり、感心したり、時にはツッコンだりと。

「能動的(積極的)に聞く」は「子どもが問題を抱える時」です。
「問題なし」の所で、聞かねば聞かねばと構えてしまうと、
反応の薄い、手応えのないお母さんとの会話になってしまいます。


「子どもが問題を抱える時」にも、どのくらいの問題か、の見方も
難しいところです。

子どもが、ただただ不満を聞いてほしい、愚痴を聞いてほしい、
だけの時もあります。
喋って気が楽になるという「解決法」もあるということでしょう。


我が家でも、息子が中学生の時、「何も言わんでね、
ただ言いたいだけだから、何も言わんでね、でも聞いて」
と、先手を打たれて喋ってくれたことがあります。

話しの中身は、今ではすっかり忘れてしまいました(笑)
先手を打ってでも「喋る」、に驚いたことだけは鮮明です。

私自身「聞く」の理解が出来てなかったのでしょう。
私こそ、「子どもが問題を抱えた」大変!「聞かねば」と、
やりがちな間違いをしていたのだろうと、反省させられました。


『問題』という言葉に、心配気味で真面目なお母さんほど、
一括りに「問題」としてしまいがちです。

「問題を抱える」も「聞く」も、広い巾があるのを知っていてほしいと
思います。




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by rarakirara-you | 2013-11-15 15:37 | 親業 | Comments(0)

祖父母参観

コタの通う幼稚園での粋=イキな行事です。

その日は、登園からおじいちゃん、おばあちゃんと一緒です。
親は一切立ち入り禁止。   イキです。

日常の保育を見てもらうのが目的なのですが、
それに加え、その日のための歌や合奏の練習を頑張ってきました。

おじいちゃんおばあちゃんに、たくさん褒めてもらう日、
たくさん抱っこされ、たくさんギュッとされる日。

「愛しい」と、祖父母の孫を見守る目は、一様なんだを感じます。


「たくさん頑張ったから、たくさん褒めてもらおうね」の
園長先生の言葉に、子ども達に「愛されている」を、
実感してもらおうという計らいを感じます。

「愛されている」の実感こそ、子ども達の生きる力の源です。





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by rarakirara-you | 2013-11-13 09:41 | | Comments(0)

「聞く②」の続き

前回の、我が家の例の「オジさんに怒られて怖かった」に
続きがあります。

一緒にいた友人達に、帰ったらお母さんに話す、という息子は、
「お母さんに話さない」という子がいたのに驚いた、という話も
してくれました。

お母さんに話さないという友達は「どうせ話しても、怒られる
ようなことをした僕が悪いと、お母さんにも怒られるに決まって
いるから」と。

その子のお母さんは、子どもの「怖い」を受け止める機会を
逃してしまったことになります。
子どもも「安心して話す」機会を逃してしまったのです。

やってしまった行為と、その時の感情は、全く違う土俵にある、
別のものとしての見かたをしないといけません。



大人になってよく言われる「自己肯定感」は、
子ども自身が持つ、その時の感情への、親や周りからの
「あなたはそう感じるんだね」「あなたはそう思うんだね」と、
そう思ったことそのものを、
「受け入れてもらえる」の、積み重ねではないかと思います。

「イヤだ」「怖い」などの、マイナス的感情は=×(イコール、バツ)
としての判断をされがちです。

それは、安心な表現力を無くしていくことになります。

その子その子が持つ感情に、否定も批判もすることは
できません。良いも悪いも「感じる」はその子のものなのです。

「聞く」は、その子が「感じる」を「良いも悪いも感じてもいい」
と、肯定されて、安心して表現するを、
学んでいくことに繋がります。



この、「オジさんに怒られる怖い体験」で、お母さんに話さないという
息子の友人に、その時みんなで「怖かった~」「怖かったねぇ~」
と、共有してくれる友人達がいてくれたことに、少し安心しました。


このエピソードを聞いた時、話しをしてくれる子、表現ができる子
というのは、話しが聞ける大人達で育っていくんだなぁ~を
思わせてくれた、大きな体験でした。




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by rarakirara-you | 2013-11-11 10:58 | 親業 | Comments(0)

キラキラネイル

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今回のネイルは、前回同様のピンクにラメを重ねた、キラキラネイルです。
派手ではない、でも動くたびに、光の加減でのキラキラは、
「嬉しくなる、やさしいキラキラさ」です。

1対1のサロンでの会話はハズミマス♪
私ってこんなにお喋りだったの?と。

彼女を疲れさせなかったかと、
そこだけは、ちょっとだけ反省しながら、帰ります。



人との出会いは、いろんな形で始まります。
その出会いを、どう感じ、どう考えるかも、私の中にあります。

サービス業のプロに対しては、私はどうしても
ハードルが高くなってしまいます。
なぜなら、「大事にされた感」をしっかり感じさせてもらえる、
プロの仕事をしてる人も見てきたから。


ここの1対1のサロンで、プロ+α、のαを感じさせてもらいます。
自分の仕事をしながら、会話は女性同士の弾み方。

彼女と私の相性がいい、というので一括りにはしたくない、
2時間近く、1対1で向き合える、彼女のαの魅力を感じます。


今ではもうすっかり、このサロンのファンになりました。
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by rarakirara-you | 2013-11-08 12:08 | ひとり言 | Comments(0)
「聞く」を改めて認識するということは、少ないかもしれない。
それは、「聞く力」を知らなさすぎるからだと感じます。

「聞く」は、聞く側の力と、話し手側の自らの解決へ向かわせる、
相手の力も育むということです。

「聞く」がどうかという前に、「聞いてもらった」の体験が、
本当に少ないんだろうなと、感じます。

「聞いてもらえた」「話してよかった」の安心、肯定感を
味わった体験がどのくらいありますか?



親業訓練講座や説明会で、2人1組で、3分間黙って相手の話しを聞く、
というロールプレイをやります。
3分ですので、簡単な「ちょっと嫌なこと聞いて」ぐらいですが、
聞く側は、口をはさまない、感想を入れないで、
相づちを打つぐらいの表現で、相手の話しに耳を傾けます。

こんな、話す側の「聞いてもらう」の体験だけで、
「聞く」の意味を実感する体験になります。

「聞く」というのは、聞いたことで、相手と同じ考えにならねばならない、
ということではありません。
「あなたの言いたいことを理解しました」と、いうことです。

子どもとの会話で、親としての自分の感情も考えもあります。
それは、又別に「わたしメッセージ」というメッセージの出し方があります。

「子どもが問題を抱えた時」の「聞く」は、
「あなたが言いたいことを、私は理解しましたよ」
を、示してあげる、コミュニケーションの第一歩なのです。

聞いてもらえたの安心感、肯定感(あなたはそう思っていいの肯定)
は、子どもにとって本当に大きな力になります。
子ども自身が、自ら解決に向かう力になります。



我が家での例を一つ

息子が小学5年生ぐらいだったでしょうか、
友達4、5人で、雨上がりの下校途中、持っていた傘で
アチコチ突きながら、帰っていたらしいのです。
途中、歩道に乗り上げている車のタイヤを突いていたら、
持ち主のオジサンが出てきて、
それはそれはスゴイ剣幕で怒られたそうです。

家に帰り着いた息子の第一声は『怖かった』でした。

まずは、その『怖かった』を聞いてあげたいと、瞬時に思い、
その姿勢で聞きました。事の経緯を全部話してくれました。

『怖かった』を受け止めてもらえたと、感じてくれたのでしょう。
話し終わった最後に、
「怒られるようなことをしたのは、僕達の方だからね」と、
反省するところまでいってくれたのです。

自ら、反省までいくという、まるで魔法のような、
「聞く」の意味と効果が、よく分かった「親業」体験でした。




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by rarakirara-you | 2013-11-04 11:07 | 親業 | Comments(0)

「親コミュ~福岡~」の富田です。福岡博多から子育てママへエールを送る、応援ブログです。「おばあちゃん」と呼ばれることに、ささやかな抵抗で「あーちゃん」です。


by らららあーちゃん