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ららら♪あーちゃん

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コタくん家族に私の誕生日祝いをしてもらった。
ホールケーキを用意してくれるというのを、
みんなで好きなケーキを選ぼうとなって。

コタくん、アヤちゃん、ケーキ屋さんでの
喜ぶ姿を想像するだけで、絶対そうしようと。


ケーキ持ち込みで、焼肉屋さん。
そこでのコタくんの言葉です。
「パパもママも、じぃじもあーちゃんも、
みーんなコタを可愛がってくれて、
コタもみーんな大好き」
「生まれてきて幸せ」
と、自分で選んだケーキを食べる。

エーッ!小学1年生が言う言葉?
と、みんな笑顔で驚いたのですが、

大人の考える「幸せ」と
コタくんの考える「幸せ」は
ずいぶんと違うだろうな、は想像できます。

みんなと一緒に食事をする、
大好きなケーキを選んで食べる、
あーちゃんと一緒なので
ガチャガチャが買ってもらえる、
妖怪ウォッチのメダルも買ってもらおうとしてる。

多分、それでテンション上がってる。
基本、目の前のことしか考えられない、
無邪気な無邪気な1年生。

でも、そんなテンション上がった気持ちを、
「幸せ」というこの言葉で表現する、
ましてや「生まれてきて~」と。

安心、安全な場所で、
この表現が受け入れられる、
受け止めてもらえる。
大事なポイントは、
それを受け止めるパパとママの姿。

パパとママが、その表現力を育てた。

何事にも厳しいパパ、
コタくん、その厳しさにメゲナイのです。
怒られながら、言葉で説明を求めるパパに、
萎縮しないのです。
パパの厳しさの意味を理解し、
愛されているも、理解している、
自分の言葉で安心して表現出来るまでに。
コタくんのそれこそが彼の個性でしょう。

安心、安全をパパとママが約束している。
そこに育つコタくんは幸せです。
そんな子どもを持つパパとママも、
又、幸せでしょう。

お互い様で子育てが進んでる、
そんな姿を見る気がします。


本当に、驚きと幸せの、
この日が何でのみ~んなでか、
すっかり頭から抜け落ちてる、
コタくんの一言と共に
素敵な誕生日にしてもらいました。






by rarakirara-you | 2015-07-28 09:05 | | Comments(0)

大変!熱性けいれん


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2歳2カ月のアヤちゃん、先週、高熱で熱性けいれん。

前日の夜からかなりの熱で、
近くの掛かり付けの小児科に診てもらっていた。
熱さましの座薬でも下がらないところでの、
突然のけいれん。

連絡が来たのは、病院へ連れてきて、
食べてない、水分を取ってないで、
今、点滴をしてると、
とても不安なので来てほしいと、
連絡をもらって駆けつける。

そして、私がママに掛ける言葉は
「怖かったやろ…、怖かったね…」
どんなにどんなに怖かっただろうは、
熱性けいれんの体験はなくても、
すぐに想像できるものです。
けいれんしてる我が子を目の当たりにして、
「どんなに怖かっただろう…」

点滴が終わった所で、
医者のお話しを、私もどうぞと言って頂いて、
同席して聞かせてもらった。
とても良いお医者さんで、詳しく説明もしてくれて、
「怖がらないでいい」を話してもらって、ママもひと安心。
「怖い」は、何も知らないことからくるのが、
よーく分かった気がした。

ひと安心したところで検索してみれば、
お医者さんの説見通りの話しや、
救急車を呼ぶか呼ばないかで、
議論になってるサイトもあった。

親は命の危険を感じるほどの怖さということ。
けいれんの時間…、けいれんは左右対称か…、
何度めのけいれんか…、
親にけいれんの経歴があるか、
情報、知識があれば…は、後から思うもの。

ママはどんなに怖かっただろうを本当に思う。

そして、アヤちゃん自身も
訳が分からなかった状態だんたんだろうと、
今、ママから片時も離れなくなってるのを見ると、
自分の中の異変を感じたんだろうなあ、と思う。

半端ない100パーセントでママを求め、
ママを頼りにする。
ママも100パーセントで必死に応え、守ろうとする、
子育ての原点を見る気がした。


もうすっかり元気です。
鼻水タラタラで咳が残りますが~。
でも、ママから離れないは、
まだもう少し続きそうです。
それでいい、それでいい…。





by rarakirara-you | 2015-07-23 19:36 | | Comments(0)
今回の岩手の痛ましい事件、
子どもの命が…。
切なくて切なくてたまらない…。

ここで触れるかどうか迷った…。
考えること、
言いたいことはたくさんあるけれど、
嘆いたり、人を責めるだけの言葉になりたくないので、
私の疑問一点に絞って、考えました。

私は、親御さんたちに、
「子ども達に、愛されてるを伝えてほしい」
「一番の味方がいるのを伝えてほしい」
と、発信してきました。
でも、
「愛されているのを知っていても話さない」
子ども達がいるのも知っています。



今から20年ほど前、
1994年の愛知での、今回と全く同じような事件を受けての、
NHKの番組、
「シリーズいじめ1 ドキュメント1000の叫び 
~大河内清輝君の両親に寄せられた全国の手紙より~」

大河内くんのご両親の、
息子と同じように辛い想いをしている子ども達に向けて、
声を上げられない胸の内を出して下さいと、
呼びかけられて、寄せられた1000通の手紙。
画面いっぱいに広げられた1000通の手紙。

とても仲の良い親子だったといいます。
「愛されているのを知っているのに、なぜ?」
親に何でも話せただろうに、なぜ?
ご両親の疑問もそこだったからです。

その時、共に勉強会をしていたメンバーで、
テレビを観た感想を持ち寄り
私達に沸き起こる「なぜ?」を
話し合ったものです。


1000通の手紙の1000人の想い…。
「愛されているのを知っているのに話さない」
子ども達は健気に、
「親を大事に思うからこそ心配をかけたくない」
「唯一、嫌な話題を持ち込まないで居られる場所」
「家庭という居場所を大事にしたい」
「自分を愛してくれている人達に包まれていたい」
「自分の力で何とかしたい」

だから、話さない、話せない。
衝撃でした。

親からすると、話してくれてさえしていたら、
全身全霊で守ったのに…。

子ども達に伝わる「愛されている」が、
その子の生きる源にならなかった…。
生きる力にならなかった。
健気な健気な子ども達。


愛していると愛されている、の
行き違いのようなものを痛切に感じる。

生きる力になるための
「愛されている」を
どうか伝えてほしい。




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久しぶりの夕焼け







by rarakirara-you | 2015-07-13 09:49 | 親コミュ | Comments(6)

孫の授業参観

一年生になったコタくんの授業参観。
幼稚園時代は、園の姿勢もあって、
行事ごとに誘ってもらってた。
でも、小学校となると…、
ユメユメ、授業参観に行けるなど思ってもいなかった。

参観後の懇談会の時間に、
アヤちゃんの子守が前提と言えども、
「誰が行っても大丈夫ですよ、コタを是非見て下さい」と、
コタくんママ。
しなやかに、軽やかに、いつもママは誘ってくれる。

私が子育て時代には持ってなかった目線を、
コタくんママは最初から持っている。
「コタをみんなに見守ってもらってるんだから、
コタにもちゃんと、見守られてるを伝えたい」と、
ママの姿勢に頭が下がる。


以前にも書いた、息子(コタくんパパ)が通った小学校。
20年振りに~は、正直微妙な感覚…、
あの頃に戻りたいとは思わない…、
あの頃にはもう戻れない…。
そんな感覚だろうか。。。

20年振りに校舎の中へ…。

共有スペースとして使える広い広い廊下、
(それが特徴の小学校だった)
こんなだったっけ…と、
もう正直記憶があいまい。
(後日そうだったなあ~と思い出す。)
時間の積み重ねとは有り難い、
予想したより新鮮な感覚。

教室には入らず、見守る。
歩き回るアヤちゃんはじぃじに任せて、
私は新鮮な感覚のままに色々観察(^.^)

親の時代、授業参観などでは、
我が子しか見ていなかった。
当たり前のこと…。

祖母の立ち位置になると、
祖母の目線というより、客観的な個人の感覚で
見てしまう自分を面白いと思いながら、
1組から4組までを眺め回ってしまった^_^;

同じ算数の授業、同時に見る、
教材も板書の言葉も同じに、
細やかなマニュアルがあるのだろうなあ~。

だからこその、先生の個性が見える。
先生が書かれる黒板の同じ言葉、
どの先生も一様に綺麗な教科書のような字。
でも感じてしまった、力強さの筆圧の違い、
クラスの色と言うか雰囲気の違い、
本当に面白いと感じた。

色々な先生の個性は、
教師歴?、感性?、人間性?、
何がその先生を作るのだろう~、
何がそのクラスの色を作るのだろう、
なあんて~。
コタくんの集中してる姿が思った以上で、
まさに「子どもの力」を見せてもらったと、
微笑ましくホッとして、
観察を堪能してしまった。

そんなこんな、
親としての時代には、見えなかったもの…。









by rarakirara-you | 2015-07-04 09:09 | | Comments(0)

「親コミュ~福岡~」の富田です。福岡博多から子育てママへエールを送る、応援ブログです。「おばあちゃん」と呼ばれることに、ささやかな抵抗で「あーちゃん」です。


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