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コタくん、3人兄弟に~

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佐賀県庁展望台のプロジェクションマッピング



子ども達のプール遊び、
どこに行こうかで今年は佐賀に。





コタくんママ、おめでた!です。

来年4月初旬、3人目が産まれることに。
まったく予想もしていなかった、
驚きです。

ママ本人にも大きな戸惑いがあったようですが、
おめでたと分かった以上、前へと~。
ママ達夫婦の信頼関係が強いので、
もうママはドントという感じです。
(勿論、ママの努力が大きいのを私は知ってます)


私は2人の子育て経験しかありません。
今までも3人以上と聞くだけで尊敬!でした。


コタくんママが、
私にも新しい世界を見せてくれます~。


3人の子育て、
3兄弟で育つ子ども達、
アヤちゃん、自分が下の子のはずが、
3人兄弟のまん中になちゃいます、
新しい世界です。

コタくんは、
ずうっと赤ちゃん欲しいと言ってたぐらいなので、
余りの嬉しさに泣いて喜んだそうです。
アヤちゃんは、
いくらしっかり者でもそこは3才、
よく理解できてないみたいです。

赤ちゃんがやって来てからの現実へ、
子ども達にも新しい世界です。


我が人生で、もう一度
あの可愛らしい赤ちゃんに会える。
誰に気兼ねなく触れる、抱ける、
たまらない可愛らしさ、
愛させてもらえる~、愛することで、
幸せにしてくれる赤ちゃんに会える。


私にとってのこれから、
何をどう考えればいいのだろう~、
この現実は、
私に何を思わせ、
何をさせようとしてるのだろう~、

子ども達が3人、
見守る目線も大きな広がりを必要とし、
違ってくることでしょう。

予想だにしていなかった出来事に、
私にも何か起ころうしているのか~、
と、つい考えてしまいます。








by rarakirara-you | 2016-08-21 09:19 | | Comments(0)

池田晶子の言葉

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「池田晶子の言葉」稲瀬吉雄著、コスモスライブラリー

私のバイブル、池田晶子の哲学エッセイの数々。
2007年に彼女が亡くなって、
もう新しい言葉に出会えないのが悲しい。

哲学エッセイとしての彼女の文章に、
私の「考える」が、
池田晶子の「考える」とピタリとなって、
彼女の言葉が大好きなんです。


そして最近目にしたのがこの本。

池田晶子の20年に及んだ文筆生活、
その中から、100の言葉を選び、
その解説という形で紹介されている。


プロローグに
「考えるとはどいうことか」を巡る探究プロセス、
として書かれているのが、
面白く、分かりやすく、
池田晶子の考えるプロセスをまとめてあります。
少し長くなりますが、そのまま引用します。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「考えるとはどういうことか」について


・正しい問いをたてることの大切さへの注意の喚起
     ↓
・日常、考える中心にあるのは、
 人生についてであると言明
     ↓
・生まれてきて死ぬという当たり前なことへの
 不思議な思い
     ↓
・大切なことは、
 哲学者や本の助けを借りることなく、
 手ぶらで零から不思議について考えること
     ↓
・知りたいという欲求あるところ
 考えるという動きは生まれる
     ↓
・人々からの「考える方法やいかに」へは、
 考えるとは呼吸するのと同じ自然な行為と応じる
     ↓
・何を考えてるかと言うと、自分であるということ、
 宇宙が在るという絶対的不思議なこと、
 すべて日常のこの人生から端を発しているから
 結局人生について考えるということになる
     ↓
・いわゆる人生論ではない、正しく考えていくために
 正しく問うことが大切であることを強調
     ↓
・人生論がいかに生きるかを主題にするのに対して、
 私が考えるのは
 生きているとはどういうことか。
 つまり、問いのひっくり返しが重要
     ↓
・問いの逆転は、人をして「存在の謎」
 探究に向かわせる力をもつ
     ↓
・自分という存在の不思議さへの気づきを起点に、
 自分が在るところの世界、宇宙とは何か、
 この宇宙に天体としての地球以前に、
 在ることそのもの、存在の謎を考えるようになる
     ↓
・人々からの、ではどういう本質的なことを
 考えるのか、の問いに、一言「驚け!」という
     ↓
・では、どう驚けばよいのかの執拗な問いへは、
 どうしても知りたいときには
 人は自ずと考え始めると、
 待つことの大切さをいう
     ↓
・次に、考えることと思い悩むこととの
 混同をしてはならないと、注意を喚起する
     ↓
・ここでも、正しい問いを発することの
 大切さを示唆。
 自分とは何だろうと悩むのではなくて、
 何が自分なのか、と考えてゆく
     ↓
・更なる問いへの応答。
 考えて何になるか、人々の利益志向への応答
     ↓
・何も得はありません、と言い切る。
 しかし、このように考えてゆくことは、
 日常にある種の確かな芯を得ることに
 なるのではないか
     ↓
・つまり、日常の不思議さを自覚しながら
 生きることは、
 納得と確信を手にすること。
 生きる姿勢が全く変わる。
 無用の用としての考えることの価値
     ↓
・池田は、現代の時代状況を見据え、
 「魂」でもって人間をみてゆく必要性を示唆。
 魂は、人生の不思議に思いを致すとき、
 謙虚さが自然と生まれ出る。
 そこから自ずから倫理性というものが問われてくる
     ↓
・善悪の感覚、畏怖の感情は、
 この世の絶対不可解さに立ち止まることから
 育まれる
     ↓
・考えることを起点に、
 人は身近なところから
 宇宙大に自分を見れるようになり、
 「存在の謎」に向き合う中に
 人生の意味を見出していけるのではないか
     ↓
・「存在の謎」を自覚すること、
 すなわち自由であるということ。
 大変な時代到来の今日、じっくり考える、
 考えて、考えて、自覚すること、
 自分が自分であることの謎を自覚することに、
 この時代を生きる意味は尽きている

。。。。。。。。。。。。。。。


いくら哲学エッセイと言えども
やはり難しいところもあったりで、
この本のおかげで、
池田晶子を改めて深く味わった。
久しぶりに池田晶子との対話~。

エピローグは著者、稲瀬吉雄を知ることとなって、
感動し、新しい刺激も受けた。

池田晶子の新しい言葉を
目にすることはなくても、
この稲瀬吉雄のエピローグの文章で、
又、私の一面「考える世界」を
自分に戻せた。
先へ~。




 






by rarakirara-you | 2016-08-03 07:03 | | Comments(0)

「親コミュ~福岡~」の富田です。福岡博多から子育てママへエールを送る、応援ブログです。「おばあちゃん」と呼ばれることに、ささやかな抵抗で「あーちゃん」です。


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